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石田三成と西軍の関ヶ原合戦
在庫なし

慶長3年(1598)8月18日秀吉が死去。秀吉没後の豊臣政権は、徳川家康ら五大老と石田三成ら五奉行による合議制によって運営されますが、やがて家康は、秀吉の遺言に背いて自らの権力伸長を目論みます。さらに、朝鮮出兵時からくすぶっていた豊臣政権内の武功派と吏僚派の対立が表面化し、その対立は、関ヶ原合戦に向けてエスカレートしていきました。
この図録では、秀吉亡き後の豊臣政権と豊臣家の存続・繁栄を願い、西軍をまとめて戦った石田三成を取り上げます。さらに、三成と共に家康打倒に立ちあがった大谷吉継や小西行長ら、西軍に属した武将たちにも焦点をあてます。敗者として、これまであまり脚光を浴びることのなかった西軍武将たちの事績や人物像を再評価する機会となれば幸いです。
発行:長浜市長浜城歴史博物館
項目 | 内容 |
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刊行年 | 2016 |
分類 | 図録 |
ページ数 | 148 |
価格 | 完売 |
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